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福丸劇場【第5話】
息子とのプール
息子が25m泳げない。
これは仕方ないんですけどね。
息子は病気のため約2年間、体育が見学ばかりでまともにできなかったので。
特に水泳は厳禁でしたしね。
2019年の3月だったかにMRIの結果、
先 生「今後は普通に運動しても大丈夫」
と、担当医の先生から許可が出まして。
で、現在は必要以上に走り回り、体育もやっているんですけど。
日曜日の昼過ぎに奥さんからの依頼
奥さん「リンタロウ(息子の名前)をプールに連れて行って」
店 長「何で?」
奥さん「明日から学校でプールが始まるって」
店 長「だから?」
奥さん「25m泳げないって」
店 長「そうか。10歳になって25m泳げないか…。まぁ仕方ないよな、病気もあったし」
奥さん「泳げるようになりたいって」
「またか!」とイライラする店長
この子はいつも母親を通して、自分に頼み事をしてきます。
そこに息子の甘えが見え隠れするので不快です。
まぁ、自分に苦手意識を持っているのは理解していますが。
このやり取りにイライラした店長は
店 長「俺は水泳のインストラクターじゃない!(奥さんに)代わりに連れて行ってやってくれ」
と、丁重に断りました。
このような時、我が家では犬達が察知するほど不安定な空気が部屋中を支配するのですが、お父さんが周囲に気を使って沈黙を破ります。
店 長「リンタロウ、安心しろ。25m泳げなくても、お前が思うほど人生でハンデになることはない(お父さんなりの気遣い)」
息 子「…」
店 長「それに、プールの授業まで24時間ないんだろ?どうして今になって言いだした?」
息 子「……」
店 長「お父さん、仕事もあるしな」
息 子「(振り絞った声で)泳げるようになりたい…」
店 長「そうか。 頼むのが遅かったな(血が通っていない父親)」
息 子「…」
-沈黙-
店 長「そんなに泳げるようになりたいのか?」
息 子「うん…」
店 長「そこまで言うならプールに行ってもいいけど、お前の希望でやることだから。プールで何があってもお父さんを恨むなよ?」
息 子「?」
店 長「30分後に家を出る。 プールでは着替えも含めて滞在時間は1時間。 往復の移動時間も含めて全2時間。16時には家に帰るぞ」
息 子「うん!」
と、いうわけで急遽プールに行くことになりました。
頼み方が癇に障りましたが、今回は息子の病気も考慮して協力してあげないといけません。
泳ぎの教え方なんて知らないんですけどね。
久々に「お父さん」の役割を果たさないといけなくなりました。
プールでは楽しそうな息子でしたが…
結局、奥さんや娘のユズ(4歳)も一緒に行くことになり。
ユ ズ「おとーさーん」
と、両腕に浮き輪(?)のようなものをして、ビート板にしがみついて奥さんと遊んでいます。
息子も呑気に一緒になって遊んでいます。
店 長「お前は遊んでる場合じゃない、ちょっと泳いでみろ」
と、息子に言います。
息子は何と言いますか、平泳ぎ(のようなフォーム)で泳ぎだしました。
どう頑張っても約5〜7mで力尽きます。
しかもスピードはキャーキャー言いながら泳ぐ娘のユズ(4歳)のバタ足と同じ速さです。
店 長「予想以上にヤバい…」
と、思ったのですが口には出しません。
店 長「しばらく泳いでみろ。もしかしたら勘が戻るかも…」
しかし、すぐに足がつき泳げません。
奥さんも見かねて
奥さん「リン君、泳ぎ方が変。もっとキレイなフォームで…」
と、息子の泳ぎ方の矯正を行いますが、効果がありません。
この時点で約15分も経っているんですよ。
このままだと「やっぱり急に25mは無理だったかぁ」といった、諦めの未来が予想されます。
息子も悪気があって泳げないんじゃないんですけど。
残念ながらこんな時は有無を言わさず、強行手段をとるしかありません。
店 長「リンタロウ、クロールって分かるか?」
息 子「見たことある(やったことはない)」
店 長「やってみろ」
クロール(のような)を泳ぎを始めた息子。
息継ぎは横ではなく、前に顔を上げて行っています。
腕の使い方も結構変なんですけど、スピードは上がりました。
店 長「よし。これからはクロール(のような泳ぎ)で行く。平泳ぎは忘れろ。じゃあ、はじめるぞ」
息 子「え?」
店 長「ここから向こうの端っこ(25m)まで泳げ。今すぐ」
息 子「でも、人もいっぱいいるし…」
店 長「人間はかわせ(退路を断つ店長)。お前の泳げるようになりたいとやらをプールサイドから見せてもらうか。時間がないぞ!」
気持ちの準備もなく泳ぎ始めた息子
が、約15m(それでも新記録)で子供たちの集団にぶつかって足をついてしまいました。
店 長「ハハハ。いや、惜しかったな、リンタロウ。でも、結構進んだよな?やればできるよな?次はもっと行けるよな?途中でぶつかったのはお前が悪い。じゃあ、もう1回最初からやり直せ」
息 子「…」
店 長「止めるか?帰りたいか?お母さーんって言いたいか?お前が25m泳げなくても誰も困らないから止めてもいいぞ?勘違いするなよ?」
何か言いたげでしたが、スタート地点に戻り泳ぎ直した息子。
その後、何度か人にぶつかり足をついてしまった息子です。
そしてついに、かなりジグザグに進みながら(人間をかわしながら)、プールサイドから飛んでくる誰かからの罵倒のような応援を糧に、何とか25mを泳ぎ切りました。
店 長「どうだ?泳げたぞ?」
息 子「うん…。(自分でも信じられない)」
店 長「疲れたか?」
息 子「そんなに疲れてない」
店 長「よし。じゃあ、本番いくぞ」
息 子「え?」
息子を隣のレーンに連れて行き、そこにある看板を読ませます。
店 長「これを読め」
息 子「25m泳げない人はこのレーンで泳がないでください……(だんだん声が小さくなります)」
店 長「その通り。ここはさっきのレーンより深い(本当は同じで浅い)。足をつきたくてもつけない。監視員の人もいるけど、ずっとお前だけを見ているわけじゃ無い。自分のためにも必死で泳げ。行ってこい」
楽しげに説明するお父さんとは裏腹に、息子は憂鬱そうな様子でしたが、恐る恐る泳ぎ始めました。
お父さんは万が一に備え、泳いでいる息子を隣のレーンからずっと横並びに泳いでついて行きながら、今度は黙って見ています。
さっきよりさらに早く25mを泳いだ息子に
店 長「すぐにもう1回泳げ!(念押しの1往復)」
と、間を空けずに25mを1往復させました。
結果、息子は50m泳ぎました。
泳げるようになるまで、プールに来てから38分です。(予定が1時間でしたからね)
店 長「いや、泳げるようになったじゃないか。お前50mも泳げるぞ?これで明日から問題ない」
息 子「本当?」
店 長「?」
息 子「お父さん、ここのプールって学校と同じ25m?」
店 長「お前このプール何mと思ってたんだ?同じ25mに決まってるだろ」
息 子「!」
店 長「じゃ、帰るか。仕事(福丸劇場の執筆)もあるし」
息 子「うん!お父さん、お腹減った!パンが食べたい!!」
帰りにパンを食べていた息子は、いつもより大はしゃぎで、妹にクロールの泳ぎ方を教えていました。
終わってみたら、あっけなかったです。
今回息子が体験したこと
と、言うわけで、息子は25mを泳げるようになりました。
泳げるようになった最大の理由は「泳げなかったらお父さんに叱られるというプレッシャー(恐怖心)」からです。
かなり意図的に圧力をかけましたからね。
息子には以前より
店 長「俺はお前と友達になる気はないし、なれない。友達のような仲良し親子をやるつもりはない」
と、ハッキリ言ってます。
子供達に媚びたことは1度も無いと断言できます。
息子は気がついていませんが、今日、生まれて初めて自分で「無理」「できない」と勝手に思い込んでいたことを、たった38分でやり遂げたのです。
「できない」と「諦める・やめる」はセットではなく、別の物ですから。
「できない」ので「諦める・やめる」ではなく、「できないからできるようになれ!」が正しいと思います。(自分にも大いに言えます)
もちろん、物事には物理的な制約などもあるので一概には言えませんけどね。
息子は特別に体力が劣っている訳でも無いので、泳げないと思っていたことは100%気持ちの問題だと最初から見抜いていたので。
また、「正しいフォーム」「キレイなフォーム」とか、どうでもよかったです。
今回の目標は「25m泳げるようになる」のであって「正しく泳げるようになる」ではないので。
7歳くらいまで放ったらかしだった自分が言うのも何ですが、息子と今みたいに過ごす時間も残り少ないです。
中学生になったら、部活やら何やらで親の手から離れていくので。
今の内に「理不尽」も含め、こういったことを叩き込んでおかないといけません。
しかし、父親って嫌われ役が多くて大変ですよね。
父親って悲しい生き物だなと。
自分が父親に向いているかどうかは今もって謎です。
プールでは息子も大変そうだなと思いましたが、親は選べないので仕方ないですね。
翌日、息子は学校でちゃんと25m泳げたそうです。
いつか、困難にぶつかった時に今回のプールのことを思い出してくれたらいいかなと。
追記
特訓から2週間後に、息子に誘われてプールに行きました。
その日息子は、平泳ぎで難なく50m泳ぎました。
さらに、平泳ぎの腕の動きだけで25m泳ぎました。
ついでに犬かきで25m泳ぎました。
「変われば変わるもんだなぁ」と思いますよね。